Hieralchy〜おまけ〜 ルル×ジェレ編
「ルルーシュ様どうか、・・・どうか私を信じてください。私は貴方を恨んでなどおりません。だから・・・」
ルルーシュの前で頭を下げたまま、ジェレミアは言葉をつまらせた。
その声が震えている。
完全にルルーシュのペースに呑まれてしまっていることにジェレミアは気づいていない。
この横暴な主の前ではジェレミアは余裕をなくしてしまう。
それくらい手強い相手なのだ。
その正体がルルーシュだと知らなかった「ゼロ」に勝てなかったのも当然のことだと今更ながらに痛感する。
―――もしも万が一、私が「ゼロ」の正体を知らないままに勝ってしまっていたら、どうなっていたのだろう?この手で殺してしまったなら私は今頃どうしていただろう?
それは時々ジェレミアが思い浮かべる疑問だった。
しかし、考えるとそれはとても恐ろしい妄想だった。
自分がルルーシュを殺すなど、思っただけでも震えが走る。
結果的に「ゼロ」にボロボロに負かされて、自分の肉体すら失くしてしまっても、全てを知った今はルルーシュの傍にいられる。
これでよかったのだ、と、ジェレミアは思っていた。
これまで自分が貪欲に出世を欲してきたのも、権力に拘ってきたのも全て生死さえ知れない敬愛する后妃マリアンヌの嫡子・ルルーシュのためだった。
そのルルーシュを自分の手で殺してしまっては本末転倒である。
―――知らなかったこととは言えこれは罰なのだ。・・・私がルルーシュ様を殺そうとしたことの・・・罪の証だ。
だからジェレミアは「ゼロ」だったルルーシュを恨んではいない。
その自分の想いが目の前の主に伝わらないのがもどかしかった。
もどかしすぎて自分が情けなくなる。
拳を強く握り締めると、行き場のない感情が涙となって溢れてきた。
ここで何か言葉を吐いたら嗚咽を漏らしてしまいそうだった。
それだけは堪えなければならない。
無様な自分をルルーシュの前に曝すことだけは避けなければない。
ルルーシュが弱い自分を必要としていないことは、ジェレミア自身が一番解かっていることだった。
「おい!」
主の冷たい声が投げつけられる。
それでもジェレミアは顔を上げることができなかった。
ルルーシュの前で深く頭を下げたままのジェレミアの視界に、ルルーシュの組んでいた脚が下ろされるのが見えた。
腰掛けたソファーから立ち上がり、ルルーシュは一歩ジェレミアに歩み寄る。
次の瞬間ルルーシュがジェレミアの髪を掴んで、乱暴にグイッと後ろに引いて、俯けていたジェレミアの顔を自分に向かせた。
「なんだ?泣いているのか?」
ジェレミアを見下ろしたルルーシュは冷酷な笑みを浮かべていた。
冷ややかな表情をしながらも、ジェレミアの瞳に浮かんだ涙を見て、内心は満足感に満たされている。
自分の放った言葉によってジェレミアの心境が目まぐるしく変化する様が手に取るように解かるルルーシュは、ジェレミアが泣くまで徹底的に虐めるのが好きなのだ。
しかしそれは決してジェレミアが嫌いだから虐めているのではないという自覚は自分でも感じていた。
泣き顔を見ると優しくしてやりたいと思う気持ちがルルーシュの中にあるのも確かなことだ。
しかし、ジェレミアが泣いていることに気づいていても、ルルーシュは更に意地の悪い言葉を吐いてしまうことの方が断然多い。
自分でも信じられないくらいに抑えが利かなくなることが度々ある。
自制することなど容易いことのはずなのにジェレミアに対してはそれがまったくできなくなるのだ。
「お前は馬鹿だな。俺に従っていてもお前には何の利益もないのだろう?」
「・・・そんなことは・・・ッ」
ジェレミアの髪を更に強く引っ張って、言いかけた言葉を無理矢理制する。
体が仰け反るほどに思いっきり引っ張っているのだからジェレミアが辛いのも無理はない。
わかっていても自制ができない。
―――もっと虐めてやりたい。
そんなサディスティックな暗い欲望がルルーシュの心の奥底から湧き上がってくる。
髪の毛を掴んだままルルーシュはジェレミアの頭を強く床に押しつけて、苦痛に歪んだその顔を満足そうな表情で上から覗き込んだ。
「どうした?抵抗しないのか?」
この男が自分に対して無抵抗なことを充分に理解しているくせに、挑発するような言葉をぶつける。
それでもジェレミアは抵抗しない。
薄っすらと涙を浮かべた右目が縋るようにルルージュをじっと見つめていた。
「・・・なんだ、その顔は?」
「ルルーシュ様・・・どうかもうお止めください・・・。ギルフォード卿に変に思われます・・・彼にとって今の貴方はコーネリア皇女殿下なのです」
ジェレミアの言葉にルルーシュの表情が変った。
「ああ・・・、そうだったな」
「わかっていただけたのでしたら御手をお放しください」
言われてルルーシュは珍しくジェレミアの願いを聞き入れた。かのように思えたが、実はそうではない。
それまでジェレミアの頭を押さえつけていた手は一旦は髪から離れたが、起き上がりかけたジェレミアの一瞬の隙をついて今度は肩を強く掴んでいた。
そのまま押し倒されて、ジェレミアは頭を強かに床に打ちつける。
「ルルーシュさ・・・・・・」
言葉を紡ぎかけたジェレミアの口はルルーシュの唇で塞がれた。
乱暴に繋がった唇の隙間からルルーシュの舌がジェレミアの口内に侵入してくると、容赦なく舌を絡めてジェレミアの口内を貪るように弄る。
絡めた舌を伝ってルルーシュの唾液が流し込まれると、ジェレミアは溢れるそれをゴクリと飲み込んだ。
呼吸さえ奪う激しい口づけに意識が途切れそうになるのを感じても、ジェレミアはそれを拒むことができなかった。
主が凶暴になる原因をジェレミアは知っている。
ルルーシュ以外の皇族の名前がジェレミアの口から出ることが禁忌なのだと。
しかしそれが何故だかはジェレミアにはわからなかった。
ルルーシュがブリタニア皇族を酷く憎んでいることは知っていたが、それだけが理由だとは到底考えれらない。
何故ならその禁忌はジェレミア限定で主を凶暴にさせるからだ。
だから、迂闊に「コーネリア」の名前を口にした自分にも非があるのだと、ジェレミアは諦めている。
主の気の済むようにさせるだけさせて、嵐が通り過ぎるのをじっと待つことしかできない。
長いようで短い時間が過ぎていく。
息苦しさに脳が酸欠を起こしているのではないかと思えるほど、ジェレミアの意識は朦朧としていた。
「ジェレミア?」
ようやく離れた唇に名前を呼びかけられても返事をするのも億劫に思える。
しかしここで応えなければルルーシュの機嫌が更に悪くなるのは目に見えていた。
気力を振り絞り、小さな声で「はい」と返事を返すと、ジェレミアの虚ろな瞳にルルーシュの穏やかな顔が映された。
「起きられるか?」
さっきまでの冷たい声とはまったく違うルルーシュの柔らかな声に、ジェレミアは内心ほっとする。
「大丈夫です」と答えて、ゆっくりと体を起こした。
「先に向こうのベッドルームに行って待っていろ」
穏やかなルルーシュの言葉はジェレミアをさらに絶望の淵に追い込んだ。
この状況で寝室を指されたたということがどういうことなのか、知らないジェレミアではない。
ジェレミアの頭からさぁっと血の気が引いて、背筋に例えようのない戦慄が走る。
「ル、ルルーシュ様!」
「・・・なにか不満でもあるのか?」
「いえ・・・」
例え不満があってもそれは口にはできない。
ジェレミアは俯いてルルーシュの視線から顔を背けた。
「嫌なら先に一人で帰ってもいいんだぞ?強制はしない。お前が選べ」
「強制はしない」と言いながらもジェレミアに選択肢は与えられていない。
諦めてジェレミアはルルーシュの指したベッドルームへと向かうしかなかった。
ジェレミアの姿が奥のベッドルームに消えるとルルーシュは別室に控えているギルフォードを呼んだ。
部屋に入ってきたギルフォードは訝しげに室内を見回す。
「どうした?」
「いえ・・・ジェレミア卿は?」
「話が済んだので下がってもらった。待たせて悪かったな。お前ももう休んでくれ」
「かしこまりました姫様。御用がございましたら隣室におりますのでなんなりとお申し付けください」
「ありがとう。おやすみギルフォード」
「おやすみなさいませ」
躾の行き届いたギルフォードの態度にルルーシュは微かに目を細め、流石はコーネリアの騎士だけのことはあると感心をした。
だがジェレミアがギルフォードに劣っているとは思っていない。
ベッドルームに向かいながらルルーシュはその先で待つジェレミアを思い浮かべる。
―――・・・きっと今頃途方に暮れているのだろうな・・・少しやりすぎたか?
反省はしても後悔はしていない。
それはそれで充分楽しめたのだから、寧ろ満足感の方が大きいのだろう。
奥の部屋のドアを開けると室内は薄暗かった。
非常用のダウンライトだけがぼんやりと部屋の輪郭を映し出している。
その中にジェレミアの姿を探すと、部屋の隅で大きな体を小さくして蹲っているのが確認できた。
その姿が、普段のジェレミアから遠くかけ離れていて、思わず笑ってしまいそうになる。
ルルーシュが部屋に入ってきたのは判っているはずなのに、ジェレミアが顔を上げる様子は窺えない。
構わずルルーシュは部屋の中央にあるゆったりとしたサイズのベッドに腰を下ろすと、サイドテーブルの上に置かれたランプの灯りを点けた。
「ジェレミア?」
仄かに明るさを増した室内で、名前を呼んでも蹲ったジェレミアは返事をしない。
―――まさか泣き疲れて寝てしまった・・・なんてことはないよな?
少し心配になってジェレミアに近寄れば、その気配に膝を抱えた肩が震えるのが見えた。
ジェレミアは完全に怯えている。
プライドの高い男の矜持をズタズタにした上、更に追い討ちをかけようとしているのだからそれも当然のことだろう。
やはり少しやりすぎたようだと、ジェレミアのその姿を見てルルーシュは思った。
ジェレミアの前で片膝を着いて、そっと髪に指を差し入れると、また髪を掴まれると思ったのかビクリと震えて体を強張らせている。
流石に可哀相に思えてきて、これ以上虐める気持ちにはとてもなれない。
差し入れた指を優しく滑らせて髪を掻き上げると、ジェレミアは驚いたように恐る恐る顔を上げた。
ルルーシュを見上げたその顔には涙は見てとれなかったが、生体の残る右目が赤く充血している。
「・・・怖い思いをさせてすまなかったな。少し悪ふざけが過ぎた・・・」
ルルーシュは少し困ったような表情を浮かべた。
「・・・ルルーシュ・・さま?」
掠れた声で名前を呼んだジェレミアの頬を両手で優しく包んで、額にそっと口づけを落とす。
ジェレミアは気が動転しているのか、それとも状況を理解していないのか、瞬きもせずにじっとしていた。
「そんなところにいつまで座っているつもりだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「俺は明日も授業があるんだ。勝手に寝るからお前も勝手に寝ろ!」
言い捨てて離れていくルルーシュの腕をジェレミアが掴んだ。
「あ、あの・・・」
「なんだ?」
「・・・もう怒っていらっしゃらないのですか?」
上目遣いに見上げるジェレミアの顔が可愛かった。
「お前はやっぱり馬鹿だな?」
「・・・は?」
「悪ふざけだと言っただろう?・・・それから・・・」
言いかけてルルーシュはジェレミアに背を向ける。
「俺の前で俺とナナリー以外の皇族の名前はできるだけ口にするな。・・・嫉妬してしまう」
ジェレミアがブリタニア皇族に深い忠誠心を持っていることはルルーシュも知っている。
だから、ジェレミアが自分以外の皇族の名を口にすると、奪われてしまうような気がして酷い嫉妬心に駆られてしまうのだ。
自分に自制心がなくなってしまうのもそのためなのだと、ルルーシュは気づいている。
背を向けられたジェレミアからはルルーシュの表情は見えなかったけれど、きっと不機嫌な顔をしているに違いないとジェレミアは思った。
それが照れ隠しなのだということもジェレミアは知っている。
横暴で我侭なこの主が、本当は妹思いの優しい少年であることも、遠い昔から知っていた。
だから、どんなに辛く当たられても、ルルーシュの傍にいてその願いを叶える力になりたいと、思わずにはいられない。
ジェレミアの手を振り解き、ルルーシュは上着を脱ぎ捨ててベッドに横になる。
その隣にはわざわざ一人分のスペースが空けてあった。
ジェレミアはルルーシュが脱ぎ捨てた上着を拾い上げて、きちんと折り畳むとそれを椅子の上に置き、遠慮がちにルルーシュの隣に潜り込む。
背を向けた主がくるりと振り返り、ジェレミアに手を伸ばす。
一瞬ビクリと怯えたが、ルルーシュがジェレミアの頭を抱きかかえるように引き寄せると、まもなく規則正しい寝息がジェレミアの耳に聞こえてきた。
夜明けまでの僅かな時間。
一瞬の平穏は瞬く間に過ぎ去って・・・。